イタリア自動車雑貨店
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2006

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2006年09月30日
曲がってるよ

LANCIA 100周年の熱気、いまだ冷めやらぬトリノから、きょうはちょっとした「事件」の顛末をお知らせします。さて、さて、写真のメダル、プレキシガラスにきれいに埋め込まれ、とあるエンブレム工房に本日9月29日納品されました。埋め込む作業だけ外注に出していたんですね。ちょっと写真が悪いのですが、見えるでしょうか。ルカ・モンテゼモロの名前があります。そうです、これはLANCIA 100周年を祝して、モンテゼモロに納められる極めつけの貴重な逸品なのです。

“尊敬と感謝の念を込めて支援者ルカ・コルデロ・ディ・モンテゼモロに” と刻まれています。

箱から出した瞬間その場にいたみんなから期せずして歓声があがりました。それほど素晴らしい出来ばえです。僕なんかすぐに「これ欲しいなぁ」という思いがふつふつと湧き上がりましたが、これだけはどうにもなりません。何しろ、これ1点のみ、思いを飲み込んでグッと我慢です。が、しかし、その時、僕は気づいたのです。メダルが、特に右端のメダルが曲がって付いていることに。

イタリア人ですから、仔細に見ることもせず、もうこの逸品をサカナにああでもない、こうでもないとオシャベリに夢中になってます。なかなか言葉をはさむタイミングがありません。が、一瞬の沈黙を逃さず、僕は言いました。これ、曲がってるよ。

全員の目が再びメダルに注がれ、ひとりひとりじっくり検分します。そして、そのあとにはそれまでの盛り上がり方が幻だったかのような重い沈黙に包まれたのでした。なかの一人がメダルを左側に回転させようと手を出しましたが、回るわけはありません。プレキシガラスには穴が空けられ、メダルから出ているボルトでしっかりと固定されているのです。しかもよく見ると、真ん中のメダルも微妙に曲がっています。

この種のことを、イタリア自動車雑貨店はイヤというほど経験しています。エンブレムが曲がって付いてるなんて頻発することです。ですから、こういうものを見ると、全体を眺めるより先に真っ直ぐ付くべきものが真っ直ぐ付いているかどうか、何よりそこに目が行きます。ボタンは付いているか、ファスナーはスムーズに上げ下ろしできるか、時計の針は動いているか、ライトは正常に点灯するか、なんていう信じられないほど基本的なことを再検品するのと同様、これはイタリア人を相手に仕事をする上での必須事項なのです。

すぐに、善後策が話し合われました。が、なんとこの日の午後にLANCIA CLUBに納品しなければならないとのことです。そしてLANCIA CLUBの代表がこれを携えてモンテゼモロを訪れることになっているそうです。やり直しの時間、ありません。メダルの傍から一人去り、また一人去り、最後には勤続35年の女性だけが残りました。着ていたTシャツの裾でプレキシ・ガラスに付いたみんなの指の跡を拭いています。Tシャツで拭くんですね、イタリア人は。そして彼女は言いました。モンテゼモロはこういうのたくさん持ってるから、そんなにじっくりは見ないのよ。

万事イタリアはこの調子です。その鷹揚さにたくさん助けられましたが、これから先のこと考えると、やっぱりもうちょっとしっかりやってもらいたいです。みなさんのクルマのエンブレム、曲がって付いてないですか? よぉーく、見てください。
11:19 by サンサロ


2006年09月29日
イタリア事務所、こんな感じです

2005年5月、待望のイタリア事務所を開設しました。ですから、もうすぐ1年半ほどになります。場所はトリノのほぼ中心街と呼べるところで、ポルタ・ヌオーヴァ駅まで歩くと12、3分、屋上のテストコースで名高いリンゴットのフィアット工場跡までクルマで5、6分の距離にあります。

さて、写真でご覧いただけるように、事務所の中は鮮やかなオレンジ色の壁が印象的です。全部の壁がオレンジなわけではなくて、ベースはホワイトで部分的にオレンジが使われています。こういう内装色って、日本ではまず考えられないと思うのですが、こちらで生活していると特に違和感もなく、かえってハレの気分になれてなかなか気に入っています。

手前の白い机が仕事場です。オレンジの壁に掛け時計が2つあるのは、ひとつがイタリア時間、もうひとつが日本時間です。いま、日本は○時かぁ、なんてぼんやり思ったりします。さて、ここで仕入れたものの計算書を作成し、日々発生する経費をまとめ、四谷の店にメールで送信しています。相棒はThinkPad。僕はIBMのThinkPadが好きでした。仕入計算書は品数が半端な数量ではないので、その作成は一仕事です。荷物が日本に到着する前に四谷に送っておかなければなりません。そうですねぇ、新しいモノを探し歩くのと見つけてからの事後の処理、7対3くらいの比率です。

自ら発送してくれる業者ばかりではないので、机の手前の床が持ち帰った商品で足の踏み場もなくなることがあります。ここで検品して、数量を再確認、梱包もここでやっています。インボイスを作成して、輸送業者に自分で持ち込みます。そこで輸送コストが分かるので、事務所に戻ると仕入計算書にそのコストを加え、四谷に送信。仕入れた商品のイタリアでの処理はこれで完了です。ささやかですけど、達成感、あります。壊れずに日本に到着してくれ、と祈ります。

こんなふうに仕事してます。オレンジの部屋の中には、ここがイタリア自動車雑貨店の事務所だと思わせるようなクルマ関連のもの、何もありません。ミニカーの1台くらいあってもとは思うのですが、ここに飾るくらいなら日本に送ろう、ということで何も残りません。そうそう、きょう、ALFA ROMEOとMASERATIの素敵な時計、見つけました。ここでまた仕入の計算して、日本に発送です。10月の終わり頃には到着すると思います。オレンジ色の事務所の空気、ちょっぴりついてるかもしれません。
12:57 by サンサロ


2006年09月27日
ずっと夢をみる

(前回から続く。長文です)
で、クリーニング屋から戻った僕は、日本から送った豚汁と赤飯という目茶苦茶な組み合わせの昼食を、満足感に浸りきって済ませたわけです。レストランは言うに及ばずピッツェリアにさえ滅多に行きません。なぜなら、高いから。日本なら昼食を4、5百円でも済ますことだって可能ですが、現在イタリアにおいて3ユーロでお昼なんていうと、パンくらいしかありません。外食はリラ時代に比べると、こちらの物価レベルでほぼ倍!になってしまいました。それにユーロの高騰が外国人である僕に重くのしかかっています。

イタリアの麗らかな土曜の午後、部屋に豚汁の香りが漂い、食後の日本茶も最高でした。と、その時、食器棚の横に掛けてある蚤の市のカレンダーに目が行きました。きょうの日付、9月23日土曜日の欄に何やらイベントの文字が見えます。近くに寄ってみると、ピアチェンツァでその日と翌日の日曜日に自動車関連の蚤の市が開催されているではないですか。う〜ん、これは行くしかないだろう。1時30分に出れば3時半には着くのです。僕は豚汁のどんぶりと御飯茶碗を流しに置いて水に浸すと、早速クルマのキーを手に出かけて行きました。

アウトストラーダは土曜日ということもあって交通量が少なく、ほぼ140km/h平均の巡航速度で走っていけます。制限速度が基本的には130km/hなのですが、まあ、140km/hくらいまでが安全圏でしょう。もちろんそれ以上、明らかに200km/hは出てるクルマもいますが、カメラが睨みを効かせてますから、あとが怖いです。一度やられてます。155ユーロもイタリアの国庫金に贈呈しました。

油断していると、イタリア、やる時はやるのです。くわえタバコのALFA 156スポーツワゴンのパトカーも神出鬼没で現れます。余談ですが、200km/hにならんとする速度で他のクルマを蹴散らすように走っていくのは、ほぼ例外なくメルセデス、BMW、アウディのドイツ車です。みんなターボ・ディーゼル。そして、それに食い下がっているイタリア車は、ほぼ例外なくアルファロメオです。が、負け戦です。古いウーノなんかでかいトラックに挟まれて、止まりそうになりながら走っています。健気で哀愁漂うアウトストラーダの風景です。

さて、ピアチェンツアに到着。会場のピアチェンツァ・フィエラがあまりにも立派なのでピックリ。と同時にイヤな予感に襲われました。会場の立派な蚤の市は概して内容が陳腐である、という経験則があるからです。でも、それを打ち消して、チケット売り場で入場料6ユーロを払ってゲートをくぐる。初めての場所ではこの瞬間期待に胸が高鳴ります。今まで見たこともないような掘り出し物に出会えるかも。ストラトスのオリジナルのハンドルなんてあったらどうしようか。いや、もしかしたらフロントのエンブレムだってあるかもしれない。なんて、いつだって夢みて会場に足を踏み入れるのです。11年間ずっとそんな夢をみてきました。

ところが!? 会場に1歩入った瞬間に僕の目を射ったのは、なんとナチスの旗!でした。それから何やら漂う汗臭い匂い。心なしか重い空気が沈殿しています。迷彩色のヘルメットもあります。あっ、マシンガンもある! イタリア空軍のパイロット服、エンブレムみたいに見えるアレは何だ? 勲章だッ。勲章売ってるのか、いいのか? なんて目を白黒させるとはまさにこういうことだろうの勢いで別世界に闖入していました。そうです、入り口を入ったところから展開されていたブースは全部、『各国戦争雑貨店』みたいなやつだったのです。○○将軍サイン入り水筒、なんてのがあるんでしょうか? 怖くて訊けません。完全武装したブースの人、立ち寄るお客さんに敬礼なんてしてるんですから。これは戦争、というか、軍事マニアですね、そういう人たちのためのブースです。

こりゃ間違えたにしては大間違いだ、と思って、もう一度会場の入り口に戻って、貼ってあるポスターを見てみると、いえ、いえ、確かに自動車関連の蚤の市とあります。日付も間違いなし。で、気を取り直して、足早に「戦場」をくぐり抜けていくと、ありました、ありました、奥の方に自動車関連書籍で名高いNADA社、LIBRERIA DELL’AUTOMOBILEの看板が見えます。やっぱり、いいんじゃん。あ〜あ、良かった。でも、あのミリタリーな世界、あれは一体何なんだ……。

さて、さて、NADAのブースから見ていきましたが、新刊もなく、顔見知りの店の人間も全然やる気がなさそうな雰囲気で、なんかこちらのテンションも下がってきます。だいたい、NADAのブースにお客さんが全然いないなんて、普通考えられません。落ち着いて会場全体を見渡してみると、確かに入場者がそんなにいないのです。やっぱりなぁ、経験則は生きてるのかぁ……。このとき僕はこれから先の展開が全部わかってしまいました。伊達に11年もこの種のイベントを荒らしてるわけじゃないのです。もうわかった! こりゃ正真正銘の大ハズレだッ!

酷かったです。いつか入場者が数名しかいないフィレンツェの近くのレッコという街の蚤の市にもやられましたが、その時以来の酷さです。だって、NADAの他に15、6業者ほど。そのほとんどがカビの生えたステアリングやレンズの割れてるライト、表紙のない書籍、破れたポスターなんていう、日本じゃお金払って処分するようなものばかり売ってるわけです。ミニカーなんて間違いなく、業者の子供が昔さんざん遊んでたやつですね、それ持って来て売ってる。大体許せないのは、何回も使ったようなフツーの折り畳みのカサなんてものまで並べてるんです、ビール飲みながら……。

結局、ストラトスのステアリングにもエンブレムにも出会えませんでした。僕の仕事は漁みたいなもんなんですね。大漁の時だってある。魚屋の売れ残りで、猫でさえ見向きもしないものの前で立ち尽くすこともある。9月23日土曜日は靴先で地面を蹴っ飛ばしながら帰りのクルマに向かいました。それでもやっぱり今度こそはと夢をみる。次こそストラトスのエンブレムに出会えるんじゃないかと夢をみます。で、その夢を次に繋げて、10月の7日の土曜日、今度はちょっと遠いのでトリノから飛行機で行ってきます。初めていく場所です。胸が高鳴ります。いいことがあるといいなぁって祈ります。

それにしてもね、あの戦争展覧会みたいなやつ、あれは一体何だったのでしょうか。謎です。
 
11:45 by サンサロ


2006年09月24日
ASIとLANCIA 100周年(とクリーニング屋)

9月23日(土)。トリノ市内のヴィットリオ広場で開催されているASI (AUTOMOTOCLUB STORICO ITALIANO)のモーターショーに出かけてきました。クリーニング屋を先にするか後にするか迷ったのですが、クリーニング屋は出来上がったものを袋に入れてくれないので、ハンガーに掛った服をぶら下げて行かなければなりません。これはあまりにもヘンなので、先にASIに行きました。

モーターショーと言っても、FIAT BARILLAやLANCIA LAMDAなど、イタリアの古いクルマに混ざって、イギリスのMGやJAGUAR、フランスのTALBOTなど、主に古いクルマが広場の一角に並べられていて……、えーっと、まあ、ただそれだけなんです。それだけなんですが、別にロープを張って監視員付で展示してあるわけでもなく、無造作にポンッと置いてあるだけなので、これを目指して見に来た人もただの通りすがりも、触ろうと思えば触り放題です。

まあ、それでもベタベタ無遠慮に触る人なんていないわけです、少なくともクルマが好きな人は決してそんなことはしないですね。手を触れず、身体も触れないように微妙な近づき方をして覗き込んだりしています。その姿でクルマ好きな人だとわかりますね。そのクルマの持主の気持に想像力が及ぶわけです。

まあ、それはともかく、この展示車の一角に、ちょっと場違いな感じでFERRARI 328GTSが1台並んでいたわけです。場違いな感じ、というより場違いでした。なにしろ相手はアンティーク家具よろしく手仕事の塊のようなクルマですから。FERRARIはなんか空を飛びそうなまったく別の種類の乗り物のように映ります。

でもね、改めてそうやって328を見ていたときに、僕はふと328が凄くカッコイイと思いました。小さくて、低くて、華奢で、そのボディの上には鉄で出来ているとは思えない夢のように柔らかで傷つきやすいラインが流れていて……。60年代、70年代のFERRARIに引かれていた線が、「現代」に飲み込まれずそこかしこに見えるわけです。う〜ん、カッコイイ。これ正真正銘のスポーツカーだぜ、って改めてこの時代のPININFARINA、凄いと思いました。次の348からでしょうか、ちょっと世界が変わっていったと思います。それはきっと、スポーツカーというものを時代がどう解釈したか、ということの違いなんでしょうね。

で、1時間ほど展示車を見物して、エスプレッソで一服。12時30分に閉まってしまうクリーニング屋の時間を気にしながらサンカルロ広場を突っ切っていきます。サンカルロ広場といえば、ここでは今月のはじめにLANCIA CLUB ITALIA主催のLANCIA100周年インターナショナル・ミーティングが開催されました。ヴェネッツィアの次にLANCIAの聖地ここトリノで盛大に祝われました。トリノの人々にとってLANCIAは100%トリノのクルマですから、やっぱり寄せる思いは強いです。100周年を祝い、復活を期しました。

そうそう、このヴェネッツィア、トリノと開催されたLANCIA 100周年イベントの記念アイテム、しっかりゲットしてあります! 参加者にさえ行き渡らなかったレアなものも含めて、次回10月1日更新、そして10月16日更新の2回にわけてご紹介できるはずです。スゴイでしょ。これ、ちょっとイタリア自動車雑貨店の自慢です。

クリーニング屋はギリギリでセーフ。受け取ったパンツのプレスラインは手が切れるほどにピシーッとしています。数回これを繰り返されたら、きっと手よりも先に布地が切れるはずです。いつも汗ビッショリで重そうなアイロン振り回してるオヤジ、手加減してほしいものです。
10:57 by サンサロ


2006年09月22日
トリノの夕陽

スーパーで買い物をした。ほんとは炒飯を作るのにタマゴだけが欲しかったのだけど、なんとなく、それだけじゃなぁ、って気がして、ヨーグルトとイチゴのジェラート、それからキッチンペーパーをカゴに入れた。部屋の近くの小さなスーパー、日本で言えばちょっと大きなコンビニ程度の店だから、レジに行列なんてめったにない。この日も6、7歳の娘を連れた母親の後ろに並んで、自分の順番が来るのを待っていた。

その親子連れの買ったものがポスレジを通過して、合計金額が表示された。と同時にレジに立っていたそのスーパーの若主人が声に出して金額を告げる。22.30ユーロ。母親がレジ台の上に小銭から並べ、最後に10ユーロ札を1枚置いた。奥さん、これ違うよ、10ユーロ札じゃなくて、20ユーロ札じゃなけりゃ。若主人の声に母親は自分がレジ台の上に置いた紙幣と硬貨に目をやり、それから顔を上げて若主人を見つめた。次に来る時に不足分は払うから……。

ダメだ、と彼は言った。品物を減らしてくださいよ。どれを減らしますか? と、目の前に並んだ品物に手をかけた。どう見ても、たまたま持ち合わせがなかったというふうには見えなかったから、彼の立場からすればそうするしかなかっただろう。母親がいくつかの品物を自分の手で端に除けた。砂糖にパルミジャンチーズ、そして子供のためのお菓子が外された。若主人が言う。ああ、これでもあと2.20ユーロ超えてるなぁ。奥さん、2ユーロある? 母親は財布を覗き、そして首を振った。それからもうひとつお菓子を外した。

母親に寄り添っていた子供が、マンマーッ!と彼女を見上げ、顔を赤くして泣き始めた。ポロポロ、ポロポロ、大粒の涙が次から次にこぼれてくる。母親は静かに、でもとても強い調子で、泣かないで!と娘に言った。その子はもっと大きな声で泣いた。もっと大きな声で泣いて、そのまま手の甲で涙をぬぐいながら一人でスーパーを出ていった。

若主人は何度か目をやっていた。困難なレジを終えた母親がスーパーの袋を提げて出て行く向こう側、さっき泣きながら女の子が走り去ったあたりに、心もち背伸びするような格好で視線を向けていた。なんとなく気まずいような雰囲気のまま僕の番になった。顔なじみの若主人は、お菓子はいつか買える。これで終わりじゃない、そうだろ? と僕がカゴに入れたバナナヨーグルトをポスレジに通しながら言った。これで終わりじゃないさ、そうだろ?

そうだね、と頷いてスーパーのドアを押した。ワッと押し寄せてくる街の喧騒。いまひとつうまくはかどらない自分の仕事のこともあって、自然に大きなため息が出る。チャオ、チャオ、ベーネ、ベーネの洪水の中を歩く。西の空、きょう一日に幕を降ろすように夕陽が沈んでいく。埃っぽいこの街には不似合いなほどに美しい橙色のその夕陽が、きょうは金がないと屈託なく言える豊かさの上にも、常に何かを諦めねばならぬ剥き出しの貧しさの上にも等しく降り注ぎ、軌道敷に照りかえってキラキラ輝いていた。

11:58 by サンサロ


2006年09月10日
BECKER君、現る!

カーナビを買った。ドイツ、BECKER社製の本体一体式ポータブルタイプ。知り合いの店でディスカウントしてもらって390ユーロで手に入れた。日本のカーナビの機能と比べたらそれはお話にならないくらいのオモチャだけど、知らない土地に行くのに地図を見るよりはましだろう、という程度の気持で買ってみた。でも、390ユーロってのは今ほとんど6万円。決して安い買い物じゃない。

ということでそのカーナビをお供に9月6日朝、オーストリアに向かった。そう、このカーナビ、ヨーロッパ37カ国の道を知っている。シガライターから電源を取り、ダッシュボード上に吸盤でセットする。モニターのサイズは縦55mm、横75mmほど。小さい。スイッチを入れ、目的地オーストリアの住所を入力すると、10秒ほどで画面が地図に切り替わり、そして目的地までの総走行距離、所要時間が表示された。808km。8時間20分。へぇ、ウソでも凄いじゃん。ちょっと感動する。

さて、走り出してみると、予想に反してこれがなかなか使えるのだ。音声案内のタイミングも、モニターのスクロールスピードも、十分にカーナビしている。故意に案内ルートを外れて走っても、ルートの再検索もなかなか速い。問題はGPSを時にキャッチできなくなることで、そうするとじっと固まってしまう。イタリア、トリノからオーストリアへは国境付近を中心に頻繁にトンネルを抜けていくのだけど、そのたびにBECKER君は休憩を取る。

で、着いた。無事、オーストリアに。特に目的地の市内に入ってからは、BECKER君、めざましい活躍ぶりで、セットしておいたホテルまで従順な下僕になって正確に案内してくれた。所要時間にもほとんど狂いなし。もう、この1回だけで僕はもとを取ったようないい気持である。やっぱりねぇ、ドイツ製だからでしょうか。シンプルな機能しか搭載していないけど、カーナビはこれで十分、と質実剛健な説得力だ。これがイタリア製だったら、散々寄り道させられた挙句、明日出直そう、と最後には家に戻ってきちゃったりしてね、なんて結構あり得るかも。

でも、ちょっと思うなぁ。僕はイタリアの道を地図なしで走れるようになるのにたっぷり5年はかかった。なのにこんなカーナビひとつで、きょうやって来たってどこにだって行ける。ちょっと悔しい。悔しいからトリノ市内を走るときはBECKER君を無視して、自分が心細さと戦いながら覚えた道を行く。そんなちっぽけな矜持が、それはほんとにとってもちっぽけなんだけど、いつだって僕が友としてきたものだ。BECKER君とも、もちろん友達にはなれたけど。
10:59 by サンサロ


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